Photo by IVO BIOČINA

週末の盛装-金刺繍つきサンダルと花々

人生最大の試合、モスクワでのワールドカップ決勝戦を終えたクロアチア・サッカーワールドカップのヒーローが、故郷へ凱旋帰国した際に、何を身にまとったかご存知ですか?ドマゴイ・ヴィダが生まれ故郷ドニィ・ミホリャツに馬車で凱旋パレードを行ったときに着た典型的な地元の民族衣装、白いシャツ、黒いベスト、クロアチアの赤白青縞のリボンがついた黒い円筒型帽子といういでたちは、ロシア帰りのヒーローたちが凱旋パーティーで身に着けたなかでももっとも伝統的な衣装でした。

クロアチアのなかでも有数の伝統的な土地柄で、祝いごとがあるたびにそれぞれの村独自の伝統と盛装がかならずお目見えするスラヴォニア地方で、この選択は、熱烈な歓迎に包まれました。ヨーロッパでも特にあたたかいもてなしで知られるこのスラヴォニア地方の伝統衣装は、それにマッチするスタイルと多様性を誇っています。

なかでももっとも有名な民族衣装といえば、ビゾヴァツBizovacの衣装で、とりわけ目を引く赤と黄色の彩りは、クロアチアでも指折りに複雑な衣装に華やかさを添えています。いくつもの層に重ねられたコットン製のスカートはひざ上のショート丈で、「ボバネ」とよばれる毛糸編みタイツと黄金刺繍が施されたサンダルをよくみることができます。また、造花のユリやバラのつぼみで作られた花輪がおもなデコレーションとなっている髪飾りをみると、その女性の社会的ステータスがわかります。

きらびやかでたくさんの花が特徴的な民族衣装なら、2009年にユネスコ無形文化遺産に登録されたジャコヴォ近くのゴリャニGorjani村の女王たちの春の行進が見逃せません。リェリェLjeljeとして知られる女王たちは、地元の娘たちで、特有の歌唱や剣舞を披露します。「王」役の娘たちは花で美しく飾られた男性用帽子とサーベルを身にまとい、「女王」役の娘たちは、花嫁のように見える白い花冠を頭に着けます。この伝統は、トルコ軍が男たちを皆連れ去ったオスマントルコ占領時代にまでさかのぼり、幽霊と見紛われるように変装することでトルコ軍をかく乱し、男たちを逃がすための時間かせぎをしたことが起源となっています。

メジムリェやザゴリェ地方の伝統衣装には、中央ヨーロッパの影響がさらに色濃くあらわれています。この地方の民族衣装は、白い衣装をベースに、通常、スカーフやショール、エプロンや宝飾品などの装飾で飾られ、赤色が基調となるカラーです。手の込んだステッチや金糸刺繍は、ここでも共通してみられます。男性の民族衣装では帽子が重要なポイントで、黒色でドーム型の伝統的なパンノニア風帽子のほか、クロアチア国旗カラーの三色リボンを巻いた黒い円筒型つばつきフエルト帽のいずれかが選ばれます。

リカ地方の伝統衣装は、きわめてシンプル。もっともよく知られたリカの男性用帽子といえば、太い黒の縁取りがされた赤い帽子でしょう。男性の衣装は、白いシャツ、赤いベスト、そして黒いズボンで完成する一方、女性の衣装は、カラフルに装飾された赤いエプロンが、白いヘッドスカーフのシンプルさをひきたてています。

クロアチアが世界に影響を及ぼしたもっとも伝統的なファッションといえば、ネクタイ。この男性ファッションに欠かせないアイテムの起源は、17世紀にさかのぼります。フランス軍に傭兵として従軍したクロアチア兵の妻たちが、戦いで見分けられるよう、愛する人の首に布を結びつけたのが、そのはじまり。このアイテムに目を留めたルイ十四世は感心し、以来、男性ファッションは後戻りすることがなかったのです。

クロアチア内陸部の民族衣装は、金刺繍や花、古いコインなどを含むさまざまな装飾やアクセサリーで飾られています。ほとんどの場合、そのデザインはシンプルで、宝飾品は、当時普通の貧しい人々でも用意できるものでした。装飾に付け加えられた重要なアイテムのひとつに、レポグラヴァの繊細なレース編みがあります。その複雑なデザインは街の女たちのおもな生業で、フヴァール島やパグ島とともに、クロアチアのレース編みの伝統は、ユネスコ無形文化遺産に登録されています。