Photo by Zoran Jelača

ラグジュアリーな中世セレブたちの邸宅!

古城は、周囲をみごとな景色に囲まれたすばらしい建物というだけではありません。そこは、過去がいきいきと現代によみがえり、過去の暮らしがどんなだったかを知ることができる場所。すばらしい建築、ゆたかな歴史、発見ずみ、またはいまだ未発見の秘密や言い伝えの数々…クロアチアの城々に感嘆の息をのむことは確実です。本や映画、人気のテレビドラマをつくりだすインスピレーションを与えてくれるかもしれません。

昔々、伯爵様は美しいお城を建てました…

おとぎ話のなかから抜け出てきたような一日をお望みなら、トラコシュチャンTrakošćan城が、パーフェクトなチョイス。美しい森と湖に囲まれた丘の上に位置するこの13世紀の古城に行けば、うちに秘められたロマンティックな気分が、表面化するに違いありません。おとぎ話のような体験をまるごと味わうには、まず、周辺エリアを馬車に乗って散策、そのあと、城内に入って、お城内部や騎士たちのよろい、貴重なバロック調家具コレクション、狩猟の戦利品に、みごとな武器コレクションの数々をご覧ください。伝説によると、この城の名前は、「ドラゴンストーン」を意味するドラッヘンシュタインDrachenstein騎士にちなんで名づけられたとか。ふむ、人気テレビドラマ、ゲーム・オブ・スローンズのファンなら、きっと思いあたるふしがあるでしょう。

一日伯爵または伯爵夫人になりましょう

人生ですくなくとも一度は、お城に住んで、そこに寝泊まりし、伯爵や伯爵夫人の気分をあじわってみたいと思ったことはありませんか。ベジャネツBežanecを訪れ、その好奇心を是非満たしてください。この17世紀の美しいお城でラグジュアリーなホテルは、小さな村ヴァレンティノヴォValentinovoを見下ろす小高い丘の上に位置し、人気のウェディング会場として利用されています。ほかの古城と同様に、城自体の手入れが行き届いているだけでなく、このお城には、結婚したカップルに永遠の愛の魔法をかけるフレンドリーなおばけのユニークな伝説が残っています。愛情は胃袋から、という昔ながらの言い伝えがあることからもわかるように、ベジャネツ城内にある高級レストランは、極上の食事とドリンクを楽しむ人なら必ず行くべき場所です。もしかしたら、家庭料理のゴーストが、サプライズでやってくるかもしれません。

慈悲修道女会のお城

ルジュニツァLužnica城は、一見したところ、これまでご紹介したお城のなかで、一番変わったお城かもしれません。この18世紀の城は、ずっと昔、ラウチRauch伯爵家が所有していました。森と広大な田園に囲まれ、外壁には美しい装飾がほどこされています。このなにが一風変わっているのかと、不思議に思われることでしょう。実は、この古城は、1925年伯爵家から買い取った修道女たちによって所有され、時間をかけて観光アトラクションに改装されたのです。このお城は、一般に公開され、60の部屋や会議室、Wi-Fi設備を備え、宗教イベントのほかにも、会議やワークショップ、子供から大人向けの各種プログラムや、キャンプ、ピクニックなどに利用されています。リラックスするには、最適な場所だと思いませんか?

 

もしこの壁が話せたら…

封建都市ヴェリキ・タボルVeliki Taborは、フム・コシュニチュキHum Košničkiのピークに位置し、フルヴァツコ・ザゴリェ地方を何世紀にもわたって支配してきました。この城は、フルヴァツコ・ザゴリェとスロヴェニアの一部の美しい風景をみることができるクロアチア内陸部でも、指折りの保存状態のよい要塞です。

ここは、城自体がアトラクションとなっているだけでなく、デセニツェDesinicのヴェロニカVeronikaの伝説も言い伝えられています。ゆたかな金髪の優しい美女は、この城の領主の息子と運命的な恋におち、その愛のためにみずからの命を落とすことになりました。こんにちでも、ヴェリキ・タボル城のなかで、ヴェロニカのすすり泣きが聞こえるという人たちもいます。

へびが隠し守っている財宝

メドヴェドニツァMedvednicaの方角を見ると、丘のひとつに大きな白い要塞が姿をあらわしているのを目にすることでしょう。これは、メドヴェドニツァ、13世紀の中世時代の要塞で、数々の物語や伝説で有名です。なかでも一番よく知られているのは、残酷で美しい黒い女王のものがたり、城の城主、チリCilliのバルバラBarbaraの伝説です。いいつたえによると、黒い女王は、悪魔でさえもだまそうとしたとか。けれど、悪魔は彼女の心を見抜き、罰として彼女をへびの姿にかえてしまいました。伝説によると、女王のへびの家来たちは、いまでもメドヴェドニツァの周囲をはい回って、女王の財宝を守り、ヒーローが、へびに姿を変えた女王に口づけして、黒い女王がもとの姿に戻るのを待っているということです。

チェコ人女性がいなければ、このお城もなかったことでしょう

ヴァラジュディンのちかくに位置するこの美しい城にも、城にまつわる物語があります。それは、マルーシャMarušaというあまりよく知られてはいませんが、裕福なチェコ人の女性がこの城を建て、彼女にちなんでマルシェヴェツMaruševecと名付けられたという逸話です。このお城が、初めてその名を記録されたのは、1547年。それ以来、多くの貴族の邸宅として用いられ、ていねいに維持、改装されてきました。なかでも、ポングラーツPongratz家は、当時の著名なスウェーデン人景観設計家を雇い、多額の資金を投じて、城の庭園を再設計しました。マルシェヴェツ城は、第二次世界大戦中、被害をうけ、ほとんど破壊されてしまいました。その後、かつての壮麗さを再び取り戻すことはありませんでしたが、いまでも見るものを虜にする魔力を秘めています。

一羽の小さなおんどりがトルコ軍を止めた方法

トルコ軍に包囲され、おなかをすかせた状態で、手持ちの唯一の食料、この場合、おんどりを、大砲から撃っているところを想像してみてください。ちょっと狂気の沙汰に聞こえますよね?でも、ジュルジェヴァツĐurđevac城では、そんな出来事が実際に起こったのです。その話にうつる前に、まず、お城の話からはじめましょう。この城は、15世紀に、湿原のまんなかのあまりグラマラスとはいえない急斜面に建てられました。水の要塞、別名「ヴァッセルブルグWasserburg」に分類されているのは、このためです。しかしながら、16世紀にはすでに、城は軍事要塞として、オスマン帝国防衛の最終防御ラインとなりました。ここで、冒頭の雄鶏の話と、城を守った人々の狡猾な策略にまつわる名高いおんどりの伝説につながるのです。もし、この伝説のすべてをお知りになりたいなら、ジュルジェヴァツ城の「ピツォキヤーダPicokijada」へ立ち寄り、詳しい物語のすべてを発見してください。

20クーナのお城

伝説によると、この城は、たいそう美しく壮麗さを誇っていたため、かの有名なオスマン・トルコ皇帝スレイマン大帝が直々に、この城の破壊を禁じたといわれています。この城の美しさは、当然、クロアチア紙幣のデザイナーの目に留まり、エルツEltz城のモチーフは、20クーナ札に使われることとなりました。これでもう「クイズ$ミリオネア」に出場して、20クーナ札に載っている城の名前を聞かれても、まちがいをおかす心配はありません!しかしながら、紙幣に使われる前に、このお城はまず建てられなければなりませんでした。この功績は、みずからのヴコヴァル領地に、1749年から城の建設を開始したエルツ伯爵に与えられます。エルツ城は、数回の改修を経て、20世紀初めに現在の姿となり、1968年には、ヴコヴァル市立博物館となりました。